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しかし、
「行ける訳ないじゃん。死んでんだし、お前」
女は冷淡に告げる。
あまりの突き放しっぷりに僕の頭も冷静さを帯びてきた。
死んでる死んでると言われるのはあまり気分の良いものではないのだが、頭が正常に働くにつれ、僕の記憶が徐々に蘇ってくる。
朝起きて、独りでご飯食べて、家を出て――。
ああ、そうだ。
僕、死んでるんだっけ。
思い出したら、何かどうでも良くなってきた。頭がぼーっとする。
「車……」
「おー、そう、そうだよ。お前は良く分からん車に轢かれて良く分からんまま死んだんだよ。やーっと思い出せたか?」
女は嬉しそうに言った。
「つーわけでさ、な、どっちが良い?」
「どっちがって、何の話ですか?」
「決まってんだろ。天国と地獄、どっちに行きたいって聞いてんだ」
え、えー?
天国と地獄って存在したのか。と言うか、何だよ、どっちか選べちゃう訳? でも、ま。
「……どっちでも良いです。死んでるのに変わりはないんでしょ」
「う? うーん。まあ、そうなんだけど」
どうしてだか、女は困った風に髪の毛を弄り始める。人差し指にくるくると髪を巻いていた。痛みそうだ。
「さっきも言ったけど、死んでても痛いもんは痛いんだぜ?」
「まあ、さっき踏まれた時に分かりましたけど」
「じゃあオレが選んで良いんだな。うーん。お前、事故死だかんなあ。可哀想だから天国でも良いんだけど、確か親がいたろ?」
そりゃそうだろう。僕は頷いて、肯定の意を示した。
「だったら地獄でも良いんだけどなあ」
「親より先に死んだら、地獄行きなんですか?」
「って、聞いた。オレここに来て日が浅いから、詳しい事は分からないんだよなあ」
「日が浅いって、どういう意味ですか?」
思い切って聞いてみる。
「……あー、オレさー、ちょっと前まで無職だったんだよね。でも親が泣くからさー、一年勃起してこの仕事に就いたんだよ。でも給料安いし最近は忙しいしで、家に引き篭もってた時期が懐かしいよ、本当」
何だか卑猥な言葉が聞こえた気がしたが、それよりも、仕事って何だ?
「あの、一つ聞いて良いですか?」
「あー?」
「あなたの、ご職業って?」
僕は女の了解を得る前に質問を切り出す。
女は髪の毛を指の腹で幾度か叩いた後、
「死神、みたいなもんかな」
僕に死後の世界と神様を信じさせてくれた。
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