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すると、男は少し沈黙した後。
「響と釣りをする」
「そうか、ほな釣りしよか…………釣り具あらへんから買ってこいや」
声色を変えて響は命令した。それを聞いた男は直ぐさま選択を変える。
「――響に食べ物を奢る」
「そうか、ほな高級料亭でも行こか」
「――響と喧嘩する」
「お前遅いんじゃボケェー! ワイは時間を守れん奴が大ッ嫌いなんじゃあぁー!!
ワイ言うたよな? お前に前言うたよな? 女よりも時間を守れ言うたよな?……何さらしとんじゃああーーッ!!」
「……あ、すいません。この人春一番で頭おかしくなっちゃったんです。気にしないで下さい」
響の怒号を流し、男は苦笑いながらウォーキング途中の老夫婦に頭を下げた。
しかし、それを聞いた響はこれ以上やってられるか、そんな白けた態度を見せた。
「チッ、アホか。そんなんで乗る程ワイは子供ちゃうわ。さっさと今日の要件を話さんかい。わざわざ京都まで戻って来たってんぞ」
「……」
それを聞いた男は響を少し見詰めた後、静かに横へと座った。そして、男は重く口を開く。
「アンタ。悪って何だと思う?」
「…………何や急に? 何かあったんか?」
男は先程の響と同じように、優雅に泳ぐ鯉を見ながら言った。
「いや、ただ……どんなのが悪なのかなぁ~と」
そんな男を見た響は首を振りながら溜め息をついた。
「ハァー、またかいな。いつもそうや、人が遠回しに言う時はロクな事がないわ」
そう言うと、響は傍にある石ころを拾い、男が見つめている優雅に泳ぐ鯉へと目掛け投げた。
投げた石は鯉の手前に落ち、短い音と軽い水しぶきを上げ川へと消えていった。
案の定、鯉は二人が見える範囲外へとゆっくり離れて行く。
「あれと一緒や。
鯉に何処行く?
そう聞いてんのと変わらんぞ。宛がなさすぎる、数えたらキリないわ。
色んな形の正義があるように、悪もまた然り、色んな形の悪がある。……どや? もっと真面目に答えたろか? 千律」
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