文久三年【初夏】

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    昼近くになり私は刀を差して芹沢の部屋へ向かった 野口は相変わらず不機嫌な顔で私の部屋に居ると言って聞かなかった 一体どういう心境の変化だ 「芹沢様…正午の鐘が鳴りました、芹沢様」 「今行く」 そう言って直ぐに芹沢は出てきた だいぶ早くから起きていたのか既にお梅は居らず着替えも済んでいた 何も言わずに歩きだす芹沢の後を私も付いて行く 前川邸に着き出迎えがわらわらと現れたが私を見た途端顔色が悪くなって明らかに一歩下がった 近藤さんの部屋に着くと中には土方さんや昨夜の光景を見た沖田さん永倉さん原田さんの組長三人も居た 「早速だが新見は…」 芹沢は挨拶もせずに近藤さんを見下ろすと代わりに沖田さんが動き襖を開け隣の部屋に入り更にもう一つ襖を開けて入り口に座った 「こちらです」 芹沢はひどくゆっくりと静かに歩く、表情は前を行く為に伺い知る事は無い 「新見君、なんと愚かな」 芹沢は新見の顔を見る事も無く傍らに座る事もせずに立ったまま見下ろす 「本庄君、新見は強かったかね」 「御雄姿を看取らせて頂きました」 「強かったかと聞いている」 「諸車に一太刀、真剣勝負で胴を一本…世辞にも強いとは…」 「ふんっ…本人を前によく言えたものだな」 「死人に口無し怨み辛みに脅えては刀が錆びます」 「まるで鬼、見事だ本庄君…行くぞ」 「畏まりました」
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