文久三年【初夏】

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    振り返った芹沢の表情からは何の感情も感じ取れなかった 「お待ち下さい、芹沢先生…それだけですか?」 近藤さんの声は微かに震えていた 「それだけとは?」 芹沢が近藤さんを見下ろすと近藤さんは芹沢を確かに睨んだ 「新見局長は芹沢先生の腹心で居られた方だ、それを小姓に斬られて愚かそれだけですか?」 近藤さんの握り締めた拳はギシリと音をたてた 「小姓如きに斬られた者に何の価値も無い、その程度の者だっただけだ…私の面を汚しおって…」 芹沢はいよいよ機嫌を悪くし始め鉄扇を手の中で乱暴に叩き出した 「新見局長を斬った小姓を傍に置き続けるおつもりですか?」 口を開き掛けた近藤さんを制して静かに声を上げたのは土方さんだった 「無論そのつもりだが、何だね土方君随分私の小姓を気に掛けるな」 「小姓を気に掛けているのではありません先生の御身をお察ししているのです」 土方さんは無表情で芹沢を見上げている 「私が本庄君に斬られると?」 「同じ屋根の下なのです、いつ寝込みを襲われるかわかりません」 私は黙って芹沢の足元で正座して話を聞く、沖田さんも永倉さんも原田さんも私を見ていて 近藤さんは何かに堪える様にずっと俯いている 「あるやもしれんな…たが私は本庄君を手放す気は無い、行くぞ本庄君」 「畏まりました」 部屋を出る芹沢に従い立ち上がる 自然と口元が緩む 邪魔はさせない 遥か何百年と賊を誅してきたこの菊一文字が必ず芹沢を討つ これから新撰組の名を名乗る者達の刀をこんな下衆の血で汚して堪るか
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