文久三年【初夏】

34/34
前へ
/554ページ
次へ
    「…馬鹿か貴様」 「冗談です、怒らないで下さい」 野口の顔は見えないが不機嫌そうなのはよく分かる 遠慮や力加減が無い為叩かれたり掴まれたりするとかなり痛いが、やはり今日は優しいらしく襟足を軽く引っ張られただけに留まった 「つまらん事を言いおって…もう寝ろ」 野口は私を抱えたまま何の雑作も無く立ち上がった 背は高いが野口は痩せてる様に見えたのに私を軽々持ち上げ 機嫌を損ねた証拠に容赦無く部屋に放り投げバシンッと障子を閉めて母屋へ足速に歩いて行った 落とされる覚悟は出来ていたが 「……まさか投げるとは…」 いくら何でも物か何かの様に軽々と放り投げられるとは思わなかった 敢えなく不時着して転がった私は強か背中と顔を順に畳にぶつけた でも、可笑しくて笑ってしまう きっと私は野口を認めているんだ そう思えば随分と気持ちがスッキリとした スッキリしたついでに眠気に襲われて布団も敷かず着替えもせずに畳に転がって眠ってしまった 翌朝、畳に転がったまま寝ていた所、野口に背中を踏みつけられて頭が割れる程の怒鳴り声に目を覚ました私を見た人が居たなら記憶から抹消して欲しい 因みに私は正座をして 「次からはきちんと着替えて布団を敷いて寝ます」 と誓わされた
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5136人が本棚に入れています
本棚に追加