文久三年【夏之壱】

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    「なら、食べてみたまえ」 芹沢は手短な茶屋に入ると私を目の前に座らせ両隣に平山と平間が座り斜め前にはお梅と野口が座っている 頼んで直ぐに出てきた心太は艶やかな黒蜜がたっぷり掛かっていておかずと呼べる物では無かった 「さぁ食べなさい」 「は、はい」 これでもかと言わんばかりに全員が私を見ている そんなに見られると流石に食べづらいが食べるまで見られるのも辛い 一口含む 「…美味しい……」 心太に黒蜜なんて今まで食べた事が無かったが、甘い物が嫌いな私でもさっぱりと食べやすかった 「そうか、それは良かった」 芹沢が初めて見せた柔和な笑み この男も人の子か… その日、芹沢は金を払って旨かったと言い店を出た 店の者が唖然として芹沢を見送ったのも無理はない その後夕方になるといつもの様に島原へ送り私は屋敷へと帰った 深夜、布団に入って微睡む意識の中覚束ない足音が眠りを妨げた 又か…… 私は覚悟を決めて戸を開けると 「ちょっ!?」 ドサッ バタッ 野口の千鳥足は私の目の前まで来ても止まる事無く正面衝突をして二人で畳に倒れた
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