文久三年【夏之壱】

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    其の夜、野口は私を抱き締めたまま眠りに就き、翌朝私が目覚めるよりも早く姿を消した あれから六日、野口は姿を見せなかった 七日目の晩、野口は私の部屋へ現れ私の顔を見て何も言わずに出て行った 私は墨染の着物と袴に着替え静かに前川邸に向かった 門番はギョッとして門を通してくれた 真っ直ぐ庭を抜け土方さんの部屋の前に立つ 「土方副長、夜分失礼つかまつります」 声を掛けたるないなや盛大な音を立てて障子を開けた 「本庄……」 「今一度、菊一文字お返し頂きたくございます」 「何故だ」 土方さんの瞳は恐怖が浸り切っていた 「守るのでございます」 「誰を」 「浪士組でございます」 「なら今待機している隊士に出させる」 「為りませぬ」 「菊一文字は渡さん」 「…ご容赦下さいませ」 私は軽く一歩を踏み出し縁側へ駆け上る 土方さんが低く懐へ突っ込む 素早く着物の合わせを掴み縁側の淵に踵を引っ掛け土方さんの勢いを利用したまま全体重を後ろに掛けしゃがむ様に体を小さくさせる 土方さんはまさか私が自分から庭に逆さまに落ちる様な真似をするなんて思わなかったのだろう 「…っな!?」 強張った土方さんの体を無視して思い切り縁側の淵を蹴り 巴投げを仕掛けた 宙に浮けば此方の物だ 力一杯土方さんの肩を引き込みながら片足で足を払えば土方さんは私の頭上で宙返りをする形になりそのまま背中から庭に落ちた 私は土方さんの胸に手を着いて衝撃を和らげ着地するとそのまま一目散に部屋に飛び込む 「今宵、流るる赤潮は至誠の証…刀は守る為にあるのです、何を守るか土方副長は御存じの筈でございます」 私は菊一文字八千流を握り庭を駆け戻り門を飛び出した
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