文久三年【夏之壱】

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    まるであの日と同じだった 酔った赤沢は提灯片手に橋を渡り此方へ向かってくる そして、背後に揺らめく影 「其処までです」 スラリと残忍な音を奏で凄惨な姿を月夜に曝した 「何だ貴様!?」 提灯を落として赤沢が数歩下がるが、その足は頼りない 「貴方はご自分が何故このような目に遇うのかお分かりになりませんか?」 「貴様………確か、本庄!!せ、芹沢筆頭局長の小姓本庄祿!!」 「口を慎まれよ、事を荒立てたくはありませぬ…早く屯所へ」 私の言葉に漸く後ろを振り返って色を無くした赤沢は腰を抜かして座り込んだ 抜刀した私と赤沢の距離は約三畳分 赤沢と抜刀した野口の距離は約一畳弱 振り返った赤沢の喉元に綺麗に切っ先を据えた野口が居た 野口健司 神道無念流免許目録 力は芹沢に劣るが精密な刀捌きは永倉さんと同格 はっきり言えば強い 普通永倉さんや沖田さんを強いとは言わない、あれは一種常軌を逸脱した規定外の人間で一般的な物差しで測ろうとする事自体が間違っている だから鬼と呼ばれるのだ 野口は人間だ 人間にしては充分な強さを持っている だからこそ、怖い 想いを確かに真っ直ぐ持った人間は強く何も恐れない 鬼は人が怖い
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