文久三年【夏之壱】

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    ガシャン!!!! 酷い不協和音に野口の眉間に皺が寄る 突き込んだ野口の刀の切っ先を受け止めたのは八千流の刃ではなく鎬だった 赤沢は悲鳴すら上げられずに仰け反り必死に足をバタつかせている 勿論、私と野口の足元で このままでは巻き添えは間違いない だが…今、赤沢を失う訳にはいかないのだ この男は後の新撰組に無くてはならない鍵を握る者だ 私は切っ先を受け止めたまま横に滑らせ刀を払った 高い金属の摩擦音と共に火花が散る 野口は素早く間合いを取り構え直す 私は目の前で八千流を翳し見る 流石、名匠則宗 あれだけの弾き返しにも関わらず傷一つ無い 「野口殿、もう止めましょう…」 正直、やりづらい 鬼にだって大切なものがあって、それを守りたい 自らの鋭い爪と牙で傷付けぬように守りたいのに、無情な程に自分を制するのは難しい 「それが、お前の刀か」 野口には全く表情や感情どころか生気がない 「はい」 「曇華一現の一刀だな」 野口はきっと笑っているつもりなのだろう 口端を吊り上げた様には肝が冷えた 「納刀願います」 初めて刀を握った人間を恐ろしいと思った
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