文久三年【夏之壱】

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    「何をしている!!止めろ!!」 野口は目を見開くと引くに引けなくなった 私の片腕ではこれ以上競り合いが出来ない、なんとか押し返して重心をもっと前に傾けたかった 「止めません!!野口殿が分かって下さるまで退きません!!」 「情けなどいらない!!」 「貴方が!!……貴方が私などに情けを掛けて下さったのでは無いですか…」 一瞬、野口の押しが弛む 私はすかさず体を前に押し右足を自由にする 右肩に焼け付く痛みが奔る 構わず野口の脛を蹴り飛ばすと完全に力が抜けた 私は小手を決め野口の刀を奪うと八千流を放り投げた 前川邸の隊士達がどよめき立つ 驚愕に怯む野口の横っ面を右手の甲で払った 倒れた野口をそのまま押さえ付けもう一発顔に拳を叩き込む 「分かって下さい!!何故気付かないのですか貴方は持っているではないですか!!私を此処まで突き動かした真っ直ぐな想いが!!それが貴方のお覚悟でしょう野口殿!!それが貴方の穢れない刀でしょう!!」 私の右肩から流れた血は手に伝い握り締めた野口の着物の合わせや喉を染めた 「……私は……私は…もう、分からない……何が誠だ…誰も彼もお前を見ていないではないか…私は、示したかったお前の存在意義があの刀などでは無いと…でなければあんまりだ……」 「もういいのです…私は私の事を見てくれる方が一人でもいてくれるのならば私は全てを失った事にはなりません……でも私は野口殿を喪えば全てを失ったも同然なのです」 喉が締め付けられる程に熱く苦しいのに涙は流れなかった きっとそれは私の中を怒りが満たし始めていたからなのかもしれない
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