文久三年【夏之壱】

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    もうすぐ夜明けだ 「私は…生きたい」 「貴方を死なせはしない」 私は血に濡れベタつく手を離して立ち上がった、手を差し出そうか迷ったが野口の手が私の血で汚れるのが嫌だった 立ち上がった野口を確認して土方さんの正面に立つ 彼は切れ者だ、頭だって恐ろしく回転が速い 「野口健司を捕縛収容願います」 私が頭を下げると 「野口健司を生け捕りにせよ!」 闇を裂く声が隊士達は鏡を見ているかの様な感覚から抜け動き出した 荒縄で捕縛された野口が横を通り過ぎる時私は堪らずその腕を掴んでしまった あぁ、汚れてしまった… 「私はお前に懸けた、それは今も変わらない…諦めたく無いのだろ?逃げたくないのだろ? なら、行け…お前の目はまだ見失ってない筈だ 帰る場所を間違えるな」 「畏まりまして候、野口殿、今しばらく御辛抱下さい…必ず、お迎えに上がります」 私は野口に深く一礼してもう一度土方さんを見た 土方さんは何も言わず真っ直ぐに私を見ている 引き留めはしない でも、決して突き放した訳じゃないその目に私は映っていて 誠を背負った本物の武士達が私の瞳に映って 暁を受け入れた宵は浅葱色に澄んでいく 何処までも何処までも 偽り無く空は続き 私はそれに背く様に未だ宵を繋ぎ留め様とする野蛮な街闇を縫って走りだす 刻充ちたりて馳せる影 闇より深きは 其の想い
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