文久三年【夏之参】

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    翌朝まで誰一人部屋を出る事は無かったが、本庄祿が目を覚ます事も無かった 「取り敢えず私達は朝餉へ行くとしよう、いつもの時間に誰かがいないのは他の隊士達にも気付かれる要因になってしまう、歳、頼めるか?」 静かな声音で話すと近藤勇は立ち上がった 「あぁ、行ってくれ」 部屋に眠る本庄祿と土方歳三、野口健司を残し全員が退室した そして、漸く野口健司は土方歳三と向き直り口を開いた 「あんたに……いや、土方副長にお願いがあります」 突然改まった野口健司に多少驚きはしたものの伺う様に視線だけを向ける土方歳三 「本庄を…詮議しないで頂きたい、是度の騒動全て私に責任がある…どんな拷問も受ける、だから本庄だけは…どうか本庄だけは助けて欲しい、出来れば共にいた子供の元へ戻してやって欲しい……後生です、どうか本庄だけは助けて下さい」 野口健司は両手と頭を畳に着けた 人が人の為に地獄を選択する意味 人が人を想ってその命と在処を懇願する意味 名前しか知らないのだ 野口健司は本庄祿の名前以外何も知らないのだ 何処で産まれ育ち何を培って誰とどんな風に生きてきたのか 野口健司は何も知らない それでも、この男は 迷わず牢に入り 一番に本庄祿と早阪透を想い その命も業も背負うと頭を下げた 「何故俺達が本庄を詮議に掛けなきゃならねぇんだ…こいつぁ松平容保公の命令で芹沢鴨を斬った、それに昨夜俺達ぁ確かに本庄を心配して八木邸へ行った、だがな…それだけじゃねぇ元々は命令を拝命したのは俺達だ、もし、芹沢鴨が生きていたなら俺達が斬っていた……本庄はそれでは浪士組が汚れると言って芹沢鴨を斬ったんだ、俺達ぁ本庄に感謝すれこそ恨むべきじゃ無ぇ、俺達ぁ守られたんだ、こいつに甘えちまったんだ」 土方歳三は目を細めて本庄祿を見る 「俺ぁ芹沢鴨が大ぇ嫌ぇだ」 少し淋しそうに笑う土方歳三に野口健司はただ頭を下げるだけだった
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