文久三年【夏之参】

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    「初めてお前が芹沢に刀を向けた時、新見がお前に赤沢を殺させようとした時、お前が芹沢と共に前川邸へ行った時、私が赤沢を殺さねばならなくなった時…私は不安だった」 野口健司の表情は本庄祿からはよく見えないが疲れ切った様に静かに喋る様子はあまり善いものでは無かった 「私はお前の事を何も知らない、だがなその事を不安に思った事は無い…何故か分かるか?」 答えを求めている様には思えず本庄祿は黙っていた 「お前が一度も私を裏切った事がないからだ、私との約束を守ろうとしたからだ…守るか守れないかじゃない、守ろうとする姿勢を見せたからだ、そして必ず私の元に戻って来た……だがな、だが、私は昨夜お前を知らない事を後悔した」 本庄祿は野口健司の言わんとする事が分かり起き上がる 「本庄、私はお前が大嫌いだ…お前みたいな女が本当に大嫌いだ、なのにお前が突然見えなくなって…恐ろしくなった、お前が居なくなるかと思ったら目の前が真っ暗になった…」 「野口殿…黙っていてすみませんでした」 「約束しろ、私の前から何の前触れ無く消えたりしないと、沖田に聞いた、心臓を患っていると…心臓の病は不治の病、長くは生きられないのだろう?」 「はい、後三年…いえ二年半」 「済まなかった……本当に済まなかった、私がもっと強かったら、もっと早く帰してやれれば…」 「野口殿、私は感謝しています、どんなに足掻こうと私の天命は延びますまい、その残り火を野口殿に守って頂いたのです、だから謝らないで下さい…私は野口殿に出会えて幸せです」 野口健司は泣いていた 本庄祿が目を覚ました事が嬉しくて 本庄祿の口から聞かされた残り僅かな時が悲しくて それでも自分と出会えて幸せだと感謝していると言ってくれた事が無情な程に優し過ぎて 抱き締めても足りない程、収める事も出来ない程にただ本庄祿への想いが溢れだす
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