文久三年【夏之参】

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    何となく入室を憚られ近藤勇と山南敬助と土方歳三は顔を見合わせると夜明けにもう一度来ようと暗黙の了解を得た 野口健司はいつかの様に本庄祿の頬や首や髪に顔を擦り寄せた 人の命を宿した体は温く柔らかい まだ生きている 確かに今、本庄祿は腕の中で生きていて温かい 決して永らえない命 何故、目の前に居ながら 何故、こんなにも温かいのに 何故、こんなにも優しいのに 自分にはその未来を守ってやる事すら許されないのだろう 一体誰がこの尊い命を奪うと言うのだろう 自分はなんて無力なのだろう 「私は野口殿の様に何も知らない人間の為に無償の恩を掛ける強さが無い…」 「私は強くなど無い、何も出来ない無力な人間だ」 野口健司は力なく本庄祿を抱き締めたまま左胸の辺りに寄り掛かる 「無力なものですか、野口殿は今も私を支えて下さっている、貴方のお陰で此処まで戻って来れたのです…一人の人間が守れる物なんて僅かな物なんです、人一人守り抜こうなんて容易い物ではありません…それでも貴方は私と透を守って下さった」 本庄祿は右腕で野口健司の頭を撫でた 「お前は赤沢も私も救ってくれた」 「えぇ、ですが私が救ったのは命だけ、存在までは守っていません」 「意味が分からない」 「一時の窮地を救ったに過ぎない、現に赤沢さんは二度命を狙われ、野口殿は命は助かったが居場所は失った…そしてこの先の保証を私は出来ない」 「先の話など聞きたくない」 まるで小さな子供の様に話から逃げようと本庄祿の左肩に顔を押し付ける野口健司 「でも、野口殿は私の全てを守って下さった…残り僅かな命も含めた私の世界の全てである透を守って下さった……貴方は強い…」
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