文久三年【秋之壱】

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    「私は人を殺したくないんだ、血が怖い訳じゃない…でも、一度は将軍に仕える同士と分かち合った人間、それを自らの誠の為に殺す必要があっただろうか?あの夜、私は君を助けたかった…一刻も早く早阪君の傍に戻して上げたかった、でも、芹沢さんを斬る必要があったのか今も分からない」 山南さんは虚ろな瞳で私を見た 「山南さん、芹沢を斬ったのは私であって貴方じゃない…あの男は私の誠を踏み躙り、私の首を締め手籠めにしようとした………あんな男に汚され殺される程私は自分の価値を下げた覚えは無い、だから斬った…芹沢に殺され誠すら汚されるなど死に恥以外の何物でも無い……それとも山南さんは私が死んだ方が良かったですか?」 山南さんは目を見開いていた 確かにあの惨状に山南さんは駆け付けたが全ては終わった後で私も一切何一つ話さなかった 今、初めてあの夜を語った 「芹沢さんは君を殺そうと?」 「自分の物にならない位なら殺すと新見を斬った翌日にそう言われていました」 「…すまない…何も、知らなかったんだ」 「私が言わなかったんです」 「じゃぁ本庄君は誠を守れたのかい?」 山南さんは聞いてはいけないと分かっていながら聞いている自覚があるのか悲しい顔をしている 「誠は守りました、でも大切なものを失いました」 「その大切なものを奪ってしまったのは私だね…」 山南さんは表情無く私から視線を外した 「山南さん…違います」 「いや、そうだよ…芹沢さんを斬らずに済んだ事を安心していると同時に芹沢さんが死んだ事にも私は安心しているんだ…ただ、ただ自分の手を同士の血で汚したくなかったんだ私は、いつか自分に同じ事が返って来るんじゃ無いかと思ったら恐ろしかった……芹沢さんを殺す事を迷った私は只の臆病な卑怯者だ」
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