文久三年【秋之弐】

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    月日は長月も終わりに向かう、壬生浪士組も新撰組と名を改めていた 本庄祿は少し困った笑顔を浮かべながら伝えに来た沖田総司の言葉に刻一刻と迫る次の刻限を感じさせられる つい先日は御倉伊勢武、荒木田佐馬之助、楠小十郎が長州藩の間諜として粛清され あと二ヶ月と少しまで迫っている 文久三年十二月二十七日 野口健司 切腹 享年二十一歳 これは八木邸に残された確かな史実 八木邸主八木源之丞の証言で「些細な理由ではないか」とだけ明かされているが新撰組唯一切腹の理由が不明瞭な死だった 百五十年前の時季とは随分季節の名前と正確で夕刻にもなれば空気は冷えきり長着に羽織だけでは寒過ぎる 本庄祿は無意識に手を合わせてると、ふと、昔を思い出してしまう 《ししょ、何してんの?》 《何って寒いから手を暖めてんだよ》 《ししょって寒がり?》 《そうかもね、透は寒くないの?上着くらい着てきなよ》 《おれ寒くねぇもん、ほら》 《本当だ、透の手は暖かいね》 《寒かったらおれがいつでも手つないでやるよ!!》 まだ早阪透が入門して三年くらいの丁度、今くらいの時季の事だ 「寒いよ、透」 呟いた声は酷く擦れて 最近、急激に疲れを感じる様になり手足の感覚は鈍く体温は下がり眠気に襲われ食も細くなり朝食しか摂らなくなっていた 「本庄さん、風邪ひいちゃいますよ」 本庄祿が自分の手を見つめたまま呆けていると大きめの羽織を肩に掛けられた 「沖田さん……この羽織」 「分かっちゃいました?締め切った部屋で煙管なんて蒸すから…」 苦笑いをしている沖田総司の物にしてはかなり大きく煙管の香りが残るその羽織はまだ人の温もりが残っている 「土方さんにありがとうございますって伝えて下さい」 「土方さん捻くれてるから、きっと仏頂面でふんっとか言うんですよ」 沖田総司は頬を緩ませて笑ってみせた
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