文久三年【秋之弐】

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    松原忠司は色白の巨漢でとても温厚な人望も厚い人間だった 隊内で柔術師範を勤めていた為、御波延明流の柔術を扱える早阪透は指南を受けていたのだ 松原忠司は隊内唯一早阪透に普段と変わらぬ態度で接している 本庄祿が前川邸に来て直ぐの出来事に皆、早阪透への当たり障りに戸惑っていた しかし、松原忠司とて早阪透と接して気付いた事も幾つかあり、上席に頼まれ面倒を見ているつもりではいた 「透君は随分柔術に長けているね、あまり見ない型だけど完璧な実戦向きだ…師範代は何人もいたのかな?」 180センチを超える長身の早阪透すら小さく見える松原忠司は大きな手で早阪透の頭を撫でた 「いないです」 少し顔を強張らせ視線を下げる早阪透に松原忠司は何度か見た表情を思い出した 「いない?…そうかい、それは随分大変な事だ師範一人しかいないなんて初めて聞いたよ」 松原忠司の直接本庄祿自身には触れない話し方は早阪透を気遣っての事だった 「珍しいんですか?」 隊士達が集まる庭先の縁側に二人で腰掛けると早阪透は松原忠司を伺う やはりそうなのだ、早阪透は本庄祿をよく知っている、私生活や癖、言葉遣いや好き嫌いなど本当によく知っている だが、御波延明流総師範としての本庄祿を全く知らないのだ ここまでの実戦用柔術槍術剣術を叩き込まれていながらそれを当り前と思っている 早阪透程鍛え上げられれば只の門弟では済まない筈なのだ 「透君はとても恵まれた環境で指南を受けていたんだね」 松原忠司は隊士が持ってきてくれた薩摩芋を半分に割ると早坂透に手渡した
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