文久三年【秋之弐】

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    「いないです」 早阪透はもう一度繰り返すと膝を抱えて芋を含み口を閉ざした 松原忠司は早阪透と会話する度にこうして彼の足跡を辿った 何故、早阪透は本庄祿を待ちながら彼女を受け容れないのか 最初の事情もよく掴めていない上に松原忠司は本庄祿と直接会話をした事が無い、幸い此処二ヶ月は毎日目が覚めてから眠るまで早阪透の部屋の前に居る為、姿だけは知っていた 見た感じは線の細い病弱な少女という印象で、とてもじゃないが一門を背負う総師範には見えなかった だが、彼女が神道無念流免許皆伝者四人を全員一太刀で斬った事は間違いない事実だ その彼女が早阪透の師だと言われれば頷く他無い それだけの腕前を有していなければ彼を普通の門弟扱いにはできない 「俺は柔術や薙刀は得意だが、どうも刀は上手くない」 突然話を変えた松原忠司に早阪透は芋を頬張りながら視線を向けた 「俺も透君みたいに好き嫌い得手不得手無く学べば良かったよ」 松原忠司は坊主頭をガシガシ掻きながら豪快に笑うと早阪透はほんの少し目元を綻ばせた 松原忠司は早阪透のこの表情もよく知っている 彼は、本庄祿が教えてくれた御波延明流が大好きなのだ きっと、それが今も彼に一歩を踏み留めさせてしまっている 本庄祿が教えてくれた守りの刀… 御波延明流
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