文久三年【冬之壱】

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    それから本庄祿は何日も眠り続けた 浅く小さな呼吸と胸に耳を当てると聞こえてくるひどくゆっくりな心音 それだけが、今、生きていると証明していた 霜月半ば、とうとう野口健司は部屋を出た 行き先に迷いはなく隊士達の部屋の隣の六畳間 廊下を曲がる時だった 人の気配を感じて一歩退くと正面から来ていた相手もピタリと止まって一歩退いた 静かに廊下の角に立つと目の前には野口健司と同じ位の長身ではあるが彼よりもずっと体格の良い少年、早阪透が立っていた 「お前に話がある」 「俺もあんたを探してた」 野口健司の言葉に早阪透は全く驚く事は無かった ただお互い睨み合い二人の手には木刀が握られていた 朝餉直後のまだ誰もいない道場、約一畳の距離を置き二人は向かい合い正座する 「単刀直入に言う俺と勝負しろ、そして俺が勝ったら師匠に二度と触れるな近付くな姿を見せるな、もし俺が負けたら俺はもう弟子でいる資格なんてないあんたが師匠を守れ」 早阪透ははっきりとそう言った 「私も同じ事をお前に申す…しかし、解せん……本庄はずっとお前を求めていた、なのに何故今まで何も応えなかった、何故こんな事になるまで黙っていた…」 野口健司の声は普段よりも幾分低い声で今にも木刀を振り上げたくなる衝動を必死に堪える様に歯を食い縛り拳を握り締め早阪透を睨んでいた 「ずっと、ずっと考えていた…何で師匠が人を殺したのか、何であんなに弱くなったのか……師匠はあんな人じゃなかった、師匠は刀で人を傷付ける様な人じゃなかった!!!!誰かが師匠を弱くした………あんたしかいない」 早阪透の声は震えその瞳は悔しさで涙が溢れる 「あんたの所為で、あんたが師匠に近付いたから師匠は……師匠は新見や芹沢を斬らなきゃいけなくなったんだ」
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