文久三年【冬之壱】

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    暖の無い道場は熱気に包まれ二人の体からは湯気が立つ カタン 木刀を置き 野口健司は一礼して道場を去った 「これで、満足しましたか?」 全く感情の無い顔で沖田総司は野口健司の握っていた木刀を拾い上げた 「……俺は、きっと…師匠を傷付けた……絶対に許して貰えない、でも後悔はしてない」 早阪透はその場に座り込んだ 「あの人、強かった…きっと俺より強い」 「自分が勝って何故そう思う?」 自分の木刀を握る手を見つめて早阪透は目を細め呟くと斎藤一は目を閉じて問い返した 「分かるよそれくらい…俺だってずっとこの木刀を握ってきた……あの人は最後の最後に躊躇った」 大粒の涙が十年間使い込んだ木刀に新しい染みを作る 「同情の躊躇いは命取りだよ」 「俺は、そんな風に思わない…仮令、分が悪くなったとしても、それは強さだ」 試す様に武田観柳斎が諭すと早阪透は首を振った 「じゃぁ、透君の強さって何なのかな?」 松原忠司は早阪透の目の前まで歩み正面に座る 「俺は、強くない…でもずっと信じてる、俺が教わった事は絶対間違って無いって……だから、それを信じ続ければ強くなれるって…そう言われたんだ!!大事にしろって!!これは守る為にあるんだって言われたんだ!!あの人は守れてたんだ、強かった…だから討てなかったんだ」 感情を言葉にするのは非常に困難だ それは想いが強ければ強い程に調整はし難い 「透君の守りたかった物は何だった?」 「俺が…守りたかったのは……師匠只一人だよ」 「なら、泣くな…それは敗者への冒涜だ」 凍雲に隠れた太陽は狐火にも似て あんなにも戦慄した全てが何もかも朧気になる 「夢なら良いのに」 誰かの願う声すらも 風花と共に消える
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