文久三年【冬之壱】

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    野口健司は未だ眠る本庄祿の傍に座る 「本庄…お前には沢山話したい事があった、聞いてほしかった……本庄、お前右目が見えていなかったんじゃないのか?お前は何も言わないからよく分からないけど、いつも右の振り向き大きかった…」 野口健司はそっと閉じた瞼に触れた 「気を付けろよ、見えるものが全てじゃない…でも見えたものは事実だ、振り下ろされる刀は本物なんだからな……声をもう一度聞きたかった…大丈夫だ、案ずるな必ず治る」 頬を滑り喉を撫でる手は震えていた 眠る本庄祿に野口健司は言い聞かせるかの様に独り言を続ける 「私は幸せだった…私なんかが誰かの為になれるなど思っても無かった……お前にどうしても伝えておけばよかった……ありがとう」 穏やかな表情の野口健司は居住まいを正し正座で頭を下げた 「本庄、きっとお前は目が覚めれば笑ってくれるだろう…ただお前の笑顔が見れないのが何よりの心残りだ…私はお前に助けられた、だから、今度は私が僅かだがお前の助けになってやる…これは恩返しだ……さよなら、本庄」 師走の始め 野口健司は刀以外の全ての荷物を残し姿を消した 同日から捜索はされたが見付からないまま十日が過ぎた
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