文久三年【冬之壱】

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    野口健司が姿を消してから十日後 火鉢で暖められた室内の空気は微睡む意識を中々引き上げてはくれない ひどく喉が渇く 随分眠った気がしたのに頭痛は無く心なしか体が軽い スッと開いた障子の隙間から吹き込む凩が意識をしっかりと繋いだ 何故か涙が流れた 分からない 何が悲しいのか 何を失ったのか よく、分からない 「し、しょ……師匠!!!!」 冷たい手と頬 その呼び名に又涙が流れる 「師匠…ごめん…ごめんなさい師匠……俺、どうしよう………師匠、ごめんなさい」 「……、………」 上手く話せない、自分がどうやって声を出していたのか思い出せない 手を伸ばして縋り付くその大きな背中に触れる 小さな子供の様に泣きじゃくりながら力一杯に抱き締める 早阪透の声に沖田総司や永倉新八が駆け付ける 「本庄…目が覚めたか…」 「……よかった…」 思わず大きく息を吐く永倉新八としゃがみこむ沖田総司は安堵から一転険しい何とも言い難い表情に変わる 本庄祿は確信してしまった 野口健司に何かがあった事を 同室の彼がいないのは顕らかにおかしい、態度こそ反比例も甚だしいが心配性の世話焼きだ 目覚めた瞬間から説教の一つや二………五つあっても何の不思議もない その彼がいない 「師匠…ごめんなさい……俺、こんな事になるなんて思わなかったんだ…捜したんだ本当に捜したんだ……でも、何処にもいないんだ……どうしよう、野口がいなくなった……どうしよう殺されるよ……師匠…ごめんなさい、ごめんなさい」 いなくなった 野口健司が新撰組から消えた 早阪透の言葉の信憑性は廊下に立ち尽くす永倉新八としゃがみ俯く沖田総司を見れば一目瞭然だった 早阪透の言う殺されるとは 見付かり次第粛清の意だ 局中法度書 一、士道に背くまじきこと。 一、局を脱することを許さず。 一、勝手に金策しべからず。 一、勝手に訴訟取扱うべからず。 一、私の闘争をゆるさず。 右条々相背き候者は切腹申しつくべく候也。 局を脱した野口健司を待つものは あまりにも無情な終末としか呼べないものだった
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