文久三年【冬之弐】

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    何年か前にも一度こんな事があった事を本庄祿は漸く思い出した 確かその時は早阪透がまだ小学校六年生になったばかりだった気がした 本庄祿が社会人組の指導を終えた夜九時半頃、道場を閉めようとした時に早阪透は泣きながら現れた 腕やら脚やら顔やらそこら中に擦り傷や痣を作っていて何事かと慌てたのを覚えている 早阪透は泣き声を上げながら本庄祿に抱き付いて何かを叫んでいたが全く解らない 《透どうした!!誰にやられた!!》 《俺が!!俺がなるんだ!!》 《何言ってるか分かんないよ!!どうしたんだって!!》 無理矢理引き剥がし傷だらけで泣きじゃくった顔は真っ赤だった 《俺が師匠の一番になるんだ!!師匠は俺のだ!!》 《透…誰かと喧嘩でもしたのか?》 《幸人なんか大っ嫌いだ!!》 早阪透は叫ぶだけ叫び気が済むまで泣くと三ツ屋幸人の家まで自分で謝りに行った 本庄祿が特に何を言った訳では無い、傷の手当てが済むと早阪透は謝ってくると言って行ってしまった 後で二人を心配した近藤流星の話を聞けば、最初は些細な意地の張り合いだったらしい、それが次第にお互い引っ込みが着かなくなり当時剣の腕前が上だった三ツ屋幸人の《透は師匠の一番なんてなれない》の一言で早阪透の怒りが爆発してしまい早阪透が三ツ屋幸人を殴り大騒ぎになった 翌日には何時もの様に仲良く騒いでいたが、とても気にしていたのだ 早阪透は自分の腕前が足りない為に大切な物を失うのでは無いかと、そして、その傷痕を深く抉る様に本庄祿と離れ離れにされてしまった 「大丈夫だよ、透…」 「うん…師匠、好きだよ、すげぇ好き…だから師匠の事俺が守る、野口に俺ちゃんと謝る…そんで、又笑って欲しい」 そっと囁く声はまるで自分に言い聞かせている様だった
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