文久三年【冬之参】

3/25

5136人が本棚に入れています
本棚に追加
/554ページ
    昔から師匠の声はそんなに高くない、すごく静かで安心する 「何がだよ…」 「私が透の一言やちょっとした表情の変化に一喜一憂してる事…透は、知らないでしょ?」 締め付ける様に胸が痛かった 顔が熱くて、師匠に見られるのが恥ずかしくて横抱きにした師匠の白い首筋と柔らかい髪に顔を押し付けた なんか、よく分かんねぇけどすげぇ嬉しいのかも… ヤバい頬が緩む 「ば、馬鹿じゃねぇの、恥ずかしい事言うなよ」 「本当の事しか言ってないよ」 そう言って師匠は小さな手で俺の頭を撫でる これって、もう癖だよな… 俺の十年の記憶には全部師匠がいる 初めて見た時、子供ながらに強烈な羨望を抱いた 《おれ、ぜってーししょーをたおす!!》 入門した日に宣言したら母ちゃんに寝呆けた事言うなって拳骨を食らったのを覚えてる それ位、師匠は剣は凄かった 幸人や慎一郎や流星とも何度も喧嘩したけど、いつも師匠がいて結局は四人で正座させられて説教された 師匠は怒ると滅茶苦茶恐い、どの位恐いかって聞かれて言葉に詰まる程度には恐い… でも、いつだったか幸人と殴り合いの大喧嘩をした時、俺が泣きながら師匠の所に行ったら…ただ何も聞かずに手当てしてくれた師匠は困った様な顔をしていて酷く心配させた事はよく分かった そんで、俺の思い出の最後に共通するのは いつだって師匠は今みたいに頭を撫でてくれてすげぇ優しかった事 「なぁ何でいつも頭撫でんの?」 唐突に思い付いた事を口にしてみたら師匠からは意外な返事が返ってきた 「どうしたらいいか分かんなかったんだ…初めて弟子を持って六つも年下の子供をどう褒めてやればいいか分かんなかった、怒った後どうしたらいいか分かんなかった、傷付いたりしてるのにどう慰めればいいか分かんなかった……入門して直ぐの時、手合せで負けて泣いた透の頭を撫でてやったら笑ってくれたから…だから…」
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5136人が本棚に入れています
本棚に追加