文久三年【冬之参】

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    大分御機嫌を損ねたらしく師匠は宿を出てからも口を利いてくれない まぁ、馬に乗ってるから喋れたもんじゃないけど話し掛けんなオーラが突き刺さる 師匠はこうなるとちょっと厄介だから早めに謝るのが得策だけど、いかんせん馬から降りる機会が無い あっという間に昼を過ぎ日が傾き出す 冬の所為か日は短いし気温が下がるのも早い 太陽の高さから見て時間で言えばたぶん三時位 いつもならまだ馬を走らせてる位の明るさだったけど突然師匠は馬を停めて降りた 「師匠…?」 「透、今から私はお前を本庄様と呼ぶ…いいなお前が本庄祿を名乗るんだ」 師匠は今まで見たこと無いような恐い顔で俺に刀を渡し肩を掴んでそう言った、川沿いの道の先には民家が見え始めていた 「………水戸」 「そうだ、いいか?私との約束を絶対破るな、お前の命が懸かってるんだからな」 「…分かった」 京都を出る時にした師匠との約束 挨拶以外で絶対に頭を下げない事 話は全部、付き人役の師匠がする事 俺が本庄祿と名乗り通す事 分かってる、師匠が刀を抜かない為の約束なんだ 全部、俺が弱いから もし、俺が約束を破ったらどうなるかも分かってる 間違いなく師匠は刀を抜かなきゃいけなくなる 生まれて初めて腰に差した刀は信じられない位重たかった 学校の部活で持ってた金属バットなんて比じゃない これが師匠の刀 何度か見た事はあった 他の道場の師範が演舞に使う日本刀なんかよりもずっと長くて装飾は殆ど無い漆黒の鞘と厚みのある刃がカッコいいと思ってた でも、そんな生温いもんじゃなかった 冷たくて重過ぎて 「透、この刀は抜かない…絶対にだ、これは私と透のもう一つの約束だ……でもあまり怖がるな、八千流は私達の大切な守り刀だお前を傷付けたりはしないよ」 師匠は俺の考えてる事なんて全てお見通しなんだ… 少し笑って俺の腰に差した守り刀八千流の柄を撫でた
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