文久三年【冬之参】

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    静かに馬を出した師匠はそれ以上何も言わなかった 俺は泣きたくなくて、歯を食い縛って拳を握り締めた 大きく何度も呼吸を繰り返して手綱を握りなおした 「逃げねぇからな!!!!」 張り上げた声は冬の澄んだ空気を突き抜けた 師匠は速度を緩めずに少しだけ振り返って笑った 日が暮れる間際、城は目の前にあった 「ここに野口がいんのか?」 「…いるよ」 師匠は馬から降りると俺の手綱を握り歩いた 城門に近付くと門番が駆け寄って来た 「貴様等何者だ!!このような刻限に何用か!!」 「突然申し訳ないが、慶篤に龍紋が来たと伝えて貰えるか?」 慶篤?誰かよく分からないけど門番は目を白黒させていた 「貴様徳川公に何たる非礼!!分を弁えぬか!!」 やっと言葉を理解し飲み込んだ瞬間に激昂した門番は夕焼けの所為か顔は真っ赤で師匠に掴み掛かった 「三度は言わんぞ…慶篤に伝えて来い」 分かっていたし当然と言えば当然だが、師匠は強い 俺が本気で木刀を振り上げだって素手の師匠にはまず勝てない 師匠は掴み掛かった門番の肩を内側から外側へ捻る様に掴み軽く右足で足を払うと面白い位に時計回りに一回転して頭から落ちた 正直、笑える 俺だってこんな子供騙しには掛からない 門番は大きな悲鳴と叫び声を上げて城内に走って行った あっという間に何十人もの半裃姿の侍っぽい奴が俺達を取り囲んだ
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