文久三年【冬之参】

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    うちの道場はあんまり他流試合を好まない でも、師匠は日本でもすげぇ有名だからひっきりなしに試合の申し込みがある 師匠は面倒くさいの一言で片っ端から断ってる、勿論今なら本当の理由も分かるけどあの頃はのほほんと笑いながらのんびり生徒を見ているのを楽しんでいた でも、名前の独り歩きだとか親の七光りとか先代の御贔屓とか酷い事を言う奴も居たけど師匠は全く相手にしていなかった だけど…だけど、ほんのたまに…すげぇ間の悪い奴がいる 滅多に機嫌が悪くならない師匠の僅かに傾き掛けた機嫌を完全に振り切らせる奴 そういう時、師匠はやけに機嫌善く他流試合を受けぐうの音も出ない程、完膚無き迄に叩きのめす 正に今、その状態なんだ その笑顔が滅茶苦茶恐い 本当に情け容赦が無い そして、頭の回転が鈍い俺はやっと思い出した そうだ……そうやって相手を叩きのめす時、師匠は必ず誰かに自分の振りをさせて自分は生徒を演じながら先鋒に出て大将まで一本勝ちして憂さ晴らししていた 師匠……もしかして、本当は俺に紋付きを着せたのは自分がやりたい放題やる為か? 「私に喧嘩を売って只で済むと思うなよ?」 ボソッと俺にだけ聞こえる様に呟く師匠に俺は頬が痙攣するのを感じた あの偉そうな奴の一言でキレるって事は、きっと師匠は京都を出た時既に機嫌が果てしなく傾いていたんだ じゃなきゃあんな安い挑発には乗らない
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