文久三年【冬之参】

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    「して、如何用にて参られましたかな?」 徳川慶篤は正座の姿勢を崩さないまま俺を真っ直ぐに見つめる 口元を少しだけ綻ばせ笑っているようにも見えるけど、目は敵を見る目だった 「僭越ながら本庄様の代わりに私めが話をさせて頂きます」 俺は口を結びただ真っ直ぐに徳川慶篤の視線を迎え撃つと斜め後ろの師匠が少し前にずれて頭を下げた 「そちは?」 「本間と申します、故あって白河藩に身を留めておりますが…幾先代より本庄家に御使えさせて頂いております」 「本庄家も秘匿の身、桑名藩に白河藩が付くなどなきにしもあらず…か」 「申し上げます、先日京より帰参されました脱藩浪士の身柄を預かりに参りました」 師匠は相手の話なんかお構い無しで用件を簡潔に伝えた 「…ッフ、一体何の事か…私は藩士一人一人を一々覚えてなどいない、何時誰が居なくなって何時誰が戻って来たのか等知らない……だが自分の意志で戻ってきたなら無理強いをするのは忍びないな」 本音は最初 適当な建前が最後 「その者は将軍家の預かりたる組織の身、責を逃れた上に帰参など許される由縁は無い…その者を庇い立てされると申すか?」 師匠の声に感情は無い 冷たい言葉は何処までも威圧的で拒絶も許さない 「…新撰組…か、其の者も哀れだな……京より遥々逃げ帰ってきたにも関わらず、まさか御狗様がお迎えに上がられるとは」 おいぬさま? 徳川慶篤の言ってる事がよく分からないけど馬鹿にされたのも師匠がキレたのも分かった 「そうだな、その御狗様に気に入られるなんて稀有な男だ…余程遠くで噎び泣くよかろう様とは大違いなのだろうな」 よかろう様? 師匠の言葉に徳川慶篤は口元の綻びを消し払った
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