文久三年【冬之参】

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    「………」 徳川慶篤は瞬きすら出来ずに師匠を見ていた 師匠は右手を下げると静かに元いた場所に座った 「下がらせろ、不愉快だ」 その言葉に徳川慶篤はゆっくりと右手を上げて払う仕草をすると静々と侍達は部屋を出た 「自分の立場をよく弁えるんだな、本庄様は徳川将軍家にしか頷かない、水戸だろうが紀州だろうが一ツ橋だろうが将軍でなければ何の意味も無い、我等家臣とて同じ事……さぁどうする徳川慶篤」 師匠は江戸時代に来てすぐ、新撰組の牢屋の中で幕臣だって言ってた でも、今までの二人の会話からはっきりと分かるのは師匠は決して幕府が好きなわけじゃない事、無理矢理幕臣にさせられた事、その地位が有名な水戸よりも遥かに高い事 俺は師匠の事は知っていても師匠の家の事はよく知らない 小さい時に家の婆ちゃんから昔話みたいに聞いたのは師匠には家が二つあって本当はすごく偉い人で浜裏に居て良い人間じゃないって言う意味の分からない話で本当かどうかも知らない でも、なんか記憶の端っこに引っ掛かっていた婆ちゃんの話がどんどん鮮明になってくる 名前が二つあってどちらも本当だけど今は本庄としか名乗れない事 新潟が越後って呼ばれてた時に越後を守る武士の一人だった事 本庄は布屋でもう一つは医家だった事 もう一つの名前はずっとずっと昔、江戸時代に将軍様と一緒に消えてしまった事 本当は将軍様じゃなく天子に御使えする家だった事 本当は御波延明流と言う名前じゃない事 婆ちゃんは確か昔話の物語みたいに話してて俺は絵本程度にしか思っていなかったんだ だから今の今まで忘れていた
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