文久三年【春之壱】

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    正直まだ此処が幕末とは考えたくない。 一縷の望みでもあって、これが何かの映画の撮影に迷い込んだ位だったらいいのにって思った。 男達は酒を飲んでいたのか僅かにふらついてはいるものの構えはしっかりしている。 音と光り具合から本物の真剣。 背後の声は目の前の人数の比では無い。 少なくとも十人はいる。 不幸中の幸いは透が背後の人達と会う事無く逃げられた事だ。 背後に気をとられた隙に間合いを一気に詰められる。 「木刀なんぞ、馬鹿にしおって!!」 一人目を横薙に一閃をいなして木刀の柄を眉間に叩き込むと残りは四人。 「斬れぇぇぇ!!」 一人の怒声と共に一斉に段違いに攻めてくる。 素早く中央の下段を取り二人の刀を弾き上げ、振り返り様、右端の男の首を突いて落とし、後ろにいた左端の男から面を一本取る。 「いたぞ!!貴様等何をしている!!」 等々、背後の彼等に見つかった。 まだ動ける様だが刀を失った中央の二人は何かを叫んで来た道を戻った。 ぼんやり二人を見送る暇など私には無かった。 「透!!…っ!?」 追い掛けようとして振り向いた時には囲まれていた。 「何者ですか?彼等は?」 目の前には暗がりでよく見えないが、着物に袴を履き、腰に二本の刀を差す侍達。 幕末の京の都、団体で歩き町の警備をする集団。 テレビやマンガ本でなら見た事はあり、日本人なら大概知っていて彼らを日本の英雄とでも言う人だっているだろう 今の私には道を塞ぐ邪魔者程度にしか思えない 「関係無い知らない道を開けろ」 「それは出来ませんね」 「どけと言っている」 「お断りします」 目の前の女みたいな顔した男は柔らかい物腰と丁寧な言葉遣いだが目は… 人斬りだった。 「そんなに名前が知りたきゃ君から名乗ればいい、自分の名前も名乗らない奴に名乗る程安い名じゃない」 全く構える様子の無い男が気になる一歩下がる。
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