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「本庄様の足労を無碍にする気か?」
ギリッ
静まり返った部屋に奥歯を噛み締める音がやけに響いた
「父親譲りも程々にしないと、義公が聞いて泣くだろうな…一ツ橋が惜しくは無いのか?」
口元に笑みを浮かべた師匠は到底善人には見えなかった
まるで知らない誰かにすら思えた
「脅すと言うのか…」
「口を慎め、本庄様の立場を知っているなら首は皆迄言わずとも分かるだろう?」
「…っ!!…京より帰参した者を連れて参れ!!!!」
顔を真っ赤にした徳川慶篤が大声で叫ぶと襖の向こうは慌しくなり、師匠は満足そうに笑った
「何故御庭番が隊士一人如きの為に此処迄する必要がある…」
師匠を睨み付けて徳川慶篤は苦々しく吐き棄てた
「藩士一人大事に出来ない貴様には一生分かるまい」
師匠は笑みを消して徳川慶篤を睨み返した
「失礼申し上げます、先日帰参した野口健司を連れて参りました」
襖が開くと四十過ぎくらいのオッサンの後ろから静かに野口が入ってきて
俺と師匠を見た瞬間に凍り付いた
「貴様の迎えにわざわざ将軍家より御側御用取次様が参られた…だが貴様は自分の意志で水戸に戻ったなら水戸藩士として振る舞え」
師匠は野口を見ていて気付かなかったかもしれないが、徳川慶篤は笑っていた
確かに、野口を見て笑っていた
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