文久三年【冬之参】

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    「本庄殿、貴殿には分かりますまい、彼の者は普通の侍なのです…死地に身を委ねながらもその名を轟かせ畏怖と賞賛を得てきた貴殿とは違います…戦の心得が無い未だ若き将軍には本庄や田村、斎藤、富田等と言う類い稀なる強大な御力を当然の様に思っていらっしゃる…斯様な侍一人、聞けば新撰組とは足軽程にしか扱われないと…」 「黙れ」 饒舌に語る徳川慶篤の話を両断したのは師匠の低い声だった 部屋の空気が張り詰める 「…何だその目は、貴様も後に思い知る羽目になる本庄家が名を連ねる御庭番衆が如何に浮世離れした者達か…どうせ将軍様は御庭番衆以外など棄て駒にしか思ってない 本間、貴様は棄て駒の意味を知っているか?」 「貴様風情が口軽しく語れる物では無い事は分かっていたつもりだが」 動かない師匠の左手が微かに震えている 右手は必死に刀に触らない様に袴を握り締め口元がカタカタと揺れた 「私は貴様の様な哀れな者を救う為にいる、彼の者は私の藩の者、私の者だ将軍様よりも余程この者を使えよう」 ゴツッ ドサッ… 「ぐっ……貴様、」 「改めろ」 師匠はほんの一瞬の内に腕の中から消えて 徳川慶篤のこめかみから横っ面に掛けて拳を振り抜いていた 「身の程知らずとはな貴様の様な事を言うんだ!!本庄家の者が生き残れたとてそれに使える者など幾らでも替えが利く!!」 「黙れ、私はそんなことしない…一度手に入れたなら絶対に守り抜いて見せる棄て駒って言うのはな私から見たあんたの事だよ、使うだと?何様だ、人の命を何だと思っている…替えなんていらないんだよ、何かを犠牲にしなきゃ守れないなら私は真っ先にあんたを犠牲にしてやる間違っても大切な人を使う様な真似はしない」 師匠は自分抑えているように途切れがちに話す だけど、バレた 「私は?…どういう事だ!!ならその餓鬼は誰だ!!貴様何者だ!!」 「頭の悪い奴は嫌いだ、まだ分からないか?」 師匠は振り返る 俺は無言で羽織を脱ぐ 「私が本庄祿だ」
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