文久三年【冬之伍】

5/17
前へ
/554ページ
次へ
    「行くぞ」 「はい」 土方さんはそれ以上何も聞かずに馬に乗った 多摩から武蔵、江戸に入る 僅か一日、旅籠で一夜を明かして土方さんに頼んだ紋付き袴を着て登城した 「謁見を頼む」 門番に伝えると反応は水戸と対して変わらないが対応は遥かに早かった 片喰の家紋は武家に多いがただの片喰ではない 老年の半裃の侍が私の前に現れ耳に口を寄せた 「裏紋を拝見させて頂きます」 私は羽織を脱いで手渡すと老年の侍はうやうやしく受け取り手早く確認すると私に羽織を着せてくれた 「どうぞ此方へ」 そのまま老年の侍に着いて歩く 水戸とは規模がまるで違う 何もかもが鎮まり 世界が違う あまりに静謐な空気は逆にこの城に渦巻く物を引き立てた この城に入ってから薄ら寒い 気分は最悪 胸騒ぎが止まない 神経を逆撫でする無差別な敵意 人が人を窺う気配 目に見えない視線 違和感の巣窟 段々苛立ちが募り始めた時、水戸で見た時よりも美しく触れてはならない戸が開かれた 警鐘にも似た鈴の音 永久に出られない牢獄の戸 私達にはそんな表現がピッタリだ 「上様、越後より中条様が御見えになられました」 「通せ」 声は透と大して変わらない少年の物だった 「…………」 「…………」 「…!?」 黙って此方を向き正座するその姿は色白で透よりも幼く少し病弱に見えた 徳川家茂 僅か十三歳という若年にしてこの世を統べた者 そして、その御前、左右に五名ずつ控えているのが祖国を奪われた誇り高き狗 徳川十本刀
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5136人が本棚に入れています
本棚に追加