文久三年【冬之伍】

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    「見苦しい」 左の列、手前から一人目の九曜の富田家が目を眇た 「もう一度問う、貴様何者だ」 その声は静かな拒絶を含んでいた 似ていた 声に聞き覚えがあったわけじゃない ただ、その声にはっきり現れた拒絶を遥かに上回る剥き出しの殺気 片喰…中条家 「時は平成、百五十年の時を遡り呼ばれし当代中条家家督を継ぎました藤原参議正四位中条資春朝臣謁見に参りました」 私が静かに畳に座り正座をすると正面に座っていた少年は立ち上がり私と一畳を挟み正座し 「申し訳無かった…そなたの全てを奪ったのは間違いなくこの私だ……助けて欲しかった、この国を守りたかった……もう私だけじゃどうしたらいいか分からなかった…許して貰える等考えてもいない、頼む…頼む、もう一度中条の力を貸して下さい」 たった十三歳でこの世を背負わされた哀れな子供 まだ十七歳の少年がこの国の為にただ一人で頭を下げている パンッ 「本庄!!!!!!」 「甘ったれるな、お前のやった事は許されない事だ、その上に助けろだ?随分虫のいい話しだな…違うか?」 私は目の前に座った少年にいつも道場の弟子達に説教するのと同じように平手打ちをした 十本刀は誰一人動かなかった 「家茂……いや慶福、お前は私にとって過去の人間だ、私がお前に尽力をしなければならないしがらみは無い…私はお前を此処で斬り棄てる事も容易い……だけどな、中条の矜恃を棄てた覚えは無いし先代達を誇りに思っている、そして私はお前を可哀相に思っている、尊敬以前にお前は哀れだ…お前のこれからしようとする事を私は知っている、それがこの国にとってどれだけ大事か分かっているつもりだ……だからこそ条件を出す、呑むか呑まないかはお前の好きにしろ」 徳川家茂…初名、慶福は正座した膝を握り締め真っ直ぐに私を見ていた
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