文久三年【冬之伍】

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    震える体を片腕で抱き締める そんな時だった 障子の向こうの廊下に人の気配を感じた 「何用か?不審とあらば斬るぞ」 私は半身だけ起き上がる 刀は床の間に掛けてある 「随分物騒な女だな」 「名乗れ」 戸を開けて入ってきたのは紺色の長着を着た長身でかなり体格の良いがっしりした大柄な男だった 「越後の鍾馗だ梅波斎」 ニヤリと笑い大股で歩き私の布団の傍に座った 「私は梅波斎は継いでない、藤資様程の武才もない」 「ほお、高飛車と見せて意外と謙虚ときたか、それともそれすら策か?」 斎藤は胡坐をかいた膝に肘を着いて頬杖を突いた 「はぁ…何の用事ですか?」 印象としては原田さんに似ていて憎めない豪快な男だ だけど、越後の鍾馗……八ツ目の鬼と謳われた戦鬼の血を継いでいる はっきり言えば常人ではない その眼光は凄まじく私の全てを見透かす様に射抜いていた 「何、大した事じゃねぇんだ、おめさんを生かしとく価値があるかどうかを見に来ただけどう」 越後訛りの抜けない斎藤はニカッと笑った瞬間 シュン!! 風を切る音は僅か 右目に据えられた一本槍の刃 「おめさん目暗かや、後手じゃねんだけ?」 「生きる為だ、他ならない…目暗はあなたじゃないのか?」 私は斎藤の後ろを指差し布団の中に潜り込んだ 「………しょうしぃて」 斎藤は自嘲気味に笑うと布団に横になる私の頭をワシャワシャと撫で回して立ち上がった 斎藤の後ろには彼が刃を出すよりも先に畳に投げた徳川の黒鉄扇が直立不動で突き刺さっていた 「資春、おめさんは生きなきゃなんね、何が何でも生きなきゃなんね雪資が笑っとったが…あの雪資が笑っとったがや…資春、生きれよ」 「…分かってる」 「そういが…じゃぁなおやすみ資春」 斎藤は豪快に出て行った
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