文久三年【冬之伍】

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    結局は眠れる訳もなく布団の中で左腕を撫で続け夜が明ける 出された食事は屯所とは比べ物にならない程に豪華で食べ慣れない所為か大して箸も進まないし然程美味しいとも思えなかった 朝食の後、家茂に話をすると快く道場を貸してくれた 土方さんにお願いして少し手合わせの相手をして貰っていると、突然土方さんは木刀を下げて顎で私の後ろを指す 何と無く気付いていたが声も掛けないので無視していた家茂と隣に立つ小柄で浅黒い肌の男…確か越前の朝倉が私達を見ていた 「何用だ」 「あ、いや、すまぬ…邪魔をするつもりじゃなかったんだが」 家茂のは慌てて一歩下がった所を見ると徳川十本刀の意味をきちんと知っているようだ 「気障りだ、見るなら中で座って見ろ」 「し、失礼いたす…」 家茂は恐る恐る中へ入って隅に座ると朝倉も隣に座った 十本刀は間違っても徳川の小間使いではない 側付とは言え身辺警護と国内情勢の調律を仕事とする だから、くだらない徳川の我が儘など知った事ではない 十本刀はそれぞれの出自に矜恃を持っていて主人を違えた事は無い、徳川は仮初めの手綱を握っているに過ぎない 我等の矜恃や徳川に隷属するに当たって“約束”を破れば我等は一切のしがらみを棄て徳川殲滅に牙を剥く 十本刀は従属ではない隷属だ
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