文久三年【冬之陸】

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    「おい、お前一体何を考えてる」 その声には心配等と言う温かみは無く怪訝な表情からは煩わしさが存分に伺えた 徳川家茂はこの者達を傍に置いてから自分がこの世を統べる意味を知り、先代がこの者達を傍に置きたがらなかった意味も分かり遺した言葉も思い知った 《慶福、慢るな、一振りの意味を知れ…お前は鞘と成るんだ、お前の刀は民を守る刀だ》 徳川家茂は自室に戻ると部屋の中央に立ち尽くした 後を追ってきたのは十日に一度姿を見せる越前の朝倉家当主朝倉高峯 「朝倉…折れた刀は拾ってはならないのか?」 「は?普通拾わない、そんな物拾っている間に斬られるだろ、さっさと脇差し抜くか別の刀を抜くのが当然だ」 「だが、大切なのだろう?朝倉はその腰の差料が大事じゃないのか?」 「命や誇りに比べれば安い」 「しかし!!」 「だがもしかしも無い、命や誇りを守る為の刀だ、刀が誇りなんじゃない、お前は自分が何を守るのか分かっていない、今の話は聞かなかった事にしてやる、次に十本刀の前でそんな世迷い事を吐かしてみろ性根叩き治してやる」 朝倉高峯は吐き捨てる様に部屋を出て行った 徳川家茂は違う言葉が欲しかった 捨てる そんな言葉で終わって欲しくなかった この者達に自分自身をそんな悲しい言葉にして欲しくなかった 徳川十本刀も徳川家茂にとっては大切な民の一人
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