文久三年【冬之陸】

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    「お前が思う日の本とはなんだ?お前に意志は無いのか?安藤、お前に同席を許す…父親の後を継ごうとお前にはお前の考えがあって当然だ、私と徳川慶篤、お前にとって在るべき日の本だと思う方に就くが善い」 徳川家茂はもう固く決めていた、この国は世界を知らなければならないと 「う、上様…そんな……私は…」 「安藤、勘違いするな…私はお前をいらないと言った訳ではない……ただ、お前もこの国の民だ、志があるだろう?それを砕いてまで私に仕えるな、私にはお前が必要だ、でも…その所為でお前がいらぬ傷を背負う必要は無い…安藤、今から私が言う事は忘れろ、ただのうわごとだ……明日が過ぎて、明後日になって七日が過ぎて二十日が過ぎて、一月を過ぎて…春になっても一年が過ぎても私にはお前が必要だ、一緒にこの国を守って欲しい」 徳川家茂の言葉に安藤信民は何も言わずに正座したまま深く深く頭を下げて部屋を後にした 「これで私達も完全に後戻り出来ないって事か…まぁいい、いつか帰る郷が無事なら言う事は無い」 大した感情も見せない仙台田村家当主時実は溜め息混じりに嫌味っぽく漏らした 正直な話、徳川十本刀は徳川幕府がどうなろうと知った事ではないが、人質がいては仕方がないと言うだけの事だ 「田村、口を謹め身から出た錆が増えるだけぞ…」 老年の侍は雑賀鈴木家当主永嗣、見た目は六十半ばの老人だが、火縄銃を初めとする銃器を得意とし狙撃の名手 「爺さん…どういう意味だ」 「お前の生い立ちを一から教えてやれる程、儂は暇じゃない」 「死にたいか?爺さん」 「老い先短い老体に鞭打つ傍若無人が血筋にいるとは奥州伊達も高が知れるの…小僧風情の青二才が意気がるな、頭ぶち抜かれたくなかったらいい子に座っておれ」 「貴様……」 「止めろ、面倒事は徳川一つで充分だ痴れ者共」 立ち上がった田村時実と懐に手を入れた鈴木永嗣に冷徹に言い捨てたのは信濃真田家当主幸章 因みに、一番古い体制が抜けないのはこの徳川十本刀かもしれない 天下分け目に国も主も奪われ祖国に戻れぬまま敵味方入り乱れて徳川に寄せ集められたのだ 奥州や越後、伏見、信濃など敵の侍大将が隣り合わせいる為、昔から徳川十本刀は壊滅的に仲が悪い それを束ねていた徳川家はやはり強大な叡知を有していたのかもしれない
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