文久三年【冬之陸】

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    田村時実の言葉を裂き 前触れ無く響く刃のさざめき 「中条流抜刀術影咲…」 「今、本気で私を殺そうとしましたね?」 「避けられなければ中条の者では無い…田村、まだ資春を疑うか?」 中条雪資は田村時実が話切る瞬間に鯉口を手で覆い隠し逆手に自らの腹に峰を滑らせ抜刀し 中条資春は瞬間的に八千流の小柄を引き抜き刃を交わした 「なら、現れなかった事はどう説明する」 中条資春は未だ食い下がる田村時実に漸く自分が疑われる理由を思い出した 「雪資殿の血と言ったな?」 「あぁ」 「雪資殿は純血の中条家の嫡子であらせられるが明治と言う時代を迎えた頃には中条家の血縁は殆ど滅び、それでも中条家の血を遺す為、本庄家を養子入れさせていた…私は中条と本庄の相子だ、生粋の中条家の御子とは流石に血は違う」 昔はよくある話だった 血を混ぜぬよう 血を絶やさぬよう 小さな小さな世界で自らの血筋を尊んできた そして、それがいつまでも長続きしない事もよくある話だった 中条家も例外無く少しずつ少なくなった 一文字を家紋に持つ出羽中条家とも遥か昔に別ち、何時しか相容れ無くなった 越後片喰紋の中条家は中条流すら遺せぬかもしれない時、本庄家よりの申し出でとうとう、『外』の血を混ぜた 中条流はせめてと枝分かれし現在では神道無念流の大元と言われる富田流と名を変え槍術と小太刀が残っている 九短、奥羽富田家が扱うのは元来は中条流小太刀の戦術だ…だから富田家は絶対に中条家に手は上げられない 「資春…それは、誠か…?」 「はい…私は中条資春と本庄祿と言う二つの名があります…どちらも本名です」 中条雪資は何と無しに気付いていた いつか、中条家は消えてしまうのではないかと 正直、百五十年も先を生きる中条資春に出会えるとは思っていなかった 万に一つも無いと承知した上で徳川家茂の途方も現実味も無い絵空事に付き合っていた 自らの血一滴でこんな馬鹿げた事を諦めるなら安かった そんな程度だったのに 中条資春は沢山の物を失いながらも自分の目の前に現れた この子は私の子も同然 守らねばならないのだ、未来を
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