文久三年【冬之陸】

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    「田村、他に言いたい事はねぇんだか?」 粗い口調だが静かに斎藤衛楽は終話を促す 「……無い」 田村時実は視線を背けた 「まぁ、私達は知らない未来には充分興味があっても私達の未来を知ってる彼女が私達に協力してくれる事には感謝すべきですよ時実、彼女も又、中条…人質を取られた私達と同じなのですからね…でなければ昨日の条件に意味は無いでしょうに」 久我源一郎はニコニコしながら田村時実を見る 「黙っていろ久我」 真田幸章がため息混じりに眉間に皺を寄せる 「明日は我等どうするのだ?」 真田幸章同様にため息を吐いて話を進めようとしたのは中肉中背で寡黙な印象の丹波川勝家当主成雅 視線は全て中条資春に注がれる 「…戦陣だと思えばいい、来るのは水戸徳川…敵将の戦力を考慮して布陣を敷くだけだ」 「て、敵!?」 徳川家茂は思わず声を上げてしまった 「なら、味方か?」 中条資春は事も無げに言い退けると徳川家茂は押し黙る 「家茂、味方とはっきり言えない者は敵と思え…お前が生きる世界はそんなに生温く無い…言っただろ“落とせ”と、お前は“結ぶ”と勘違いしている、私達とお前は“繋ぐ”だ“結ぶ”じゃない…水戸はお前を“結ぶ”ではなく“繋ぐ”事を目的にしてるんだ、分かるか?」 「“結ぶ”じゃなく“繋ぐ”…支配?」 「そうだ、お前が私達にしているそれと同じ事をしようとしている」 「だから“落とす”」 「それが正しいとは思ってない、お前にとっては水戸も又民の一人“落とせ”ば“堕ちる”…犠牲無くして大義は得ず、だが犠牲を当然に思ったらお前も“堕ちる”……さて、そろそろ陣は決まりましたか?」 中条資春は頃合いと話を変えて視線を右へ滑らせた 。
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