文久三年【冬之陸】

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    部屋へ入ると既に朝倉高峯は座っていた。 特に会話も無く中条資春と中条雪資は自らの席に着くと程なくして川勝成雅が部屋に現れ久我源一郎の指定した十本刀が揃う。 鈴木永嗣の特別席が一体何処なのか誰も知らぬまま家老の安藤信民が入室し部屋は締め切られる。 室内は異様な静寂が満たし… 恐怖 纏めるならそんな言葉で十分だ。 廊下から幾つもの足音が聞こえ、安藤信民は僅かに居住まいを正し息を吸って背筋を伸ばした。 丁寧な動作で障子が開けられ下座に誰かが座ると障子は閉められたが、誰一人入室してきた者を見ることは無かった。 「上様の御成りで御座います」 その声に安藤信民と最後に入室した者だけがひれ伏す。 「上様、此度登城の禁を解くに当たり御寛大なるお心遣い誠に有り難き幸せに御座います」 へつらう様なその声に中条資春は不快極まりない、つい七日前を思い出す。 「善い、その様な事より今日、そちを喚んだ事だが…」 徳川家茂は正面の一番離れた下座に座る水戸藩主徳川慶篤に話を切り出そうとすると… 「上様、恐れ多くも此度の召喚を幕府将軍御側御用取次方様より命ぜられましたが、不服の言と成す所存に御座います」 最初の声とは明らかに温度差を感じる。 「申してみよ」 「はっ、先日、越後より遠路遥々本庄様が御見えになり我が藩の帰参浪士の引き渡しを命ぜられました、ですが本庄様は偽りを立てて我々を欺かんと為されたのです、我々は難を逃れる事は出来ましたが、其の身を扮して我々を欺き、尚、上様の禁令の許しも無しに召喚を命ぜられました、これは如何な物かと…」 苦々しい口調で語尾を濁し徳川慶篤は自らの右斜め前に座る中条資春を睨んだ。
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