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「それだけか?」
「え?」
徳川家茂の言葉に徳川慶篤は呆気に取られたが、徳川慶篤だけでなく室内の誰もが半ば信じがたい物を見ている顔をしていた。
「そちの申し分はそれだけかと聞いている」
徳川家茂は普段から礼儀正しく言葉の端々にも気を遣う少年で、こんな話し方を聞いた事は今の今まで一度足りとも無い。
「上様?」
「全ては私の命だ、まだ何かあるか?」
徳川慶篤の問い掛けに徳川家茂ははっきりと言い放つ。
「な…、」
徳川慶篤は目を見開き言葉を継げないでいた
「そちの禁令を解いてまで召喚した事に意味がある、我々徳川幕府は朝廷との契りを解く…攘夷は民の為には為らない、徳川慶篤、そちはどう思う」
全く話に付いていけなくなった徳川慶篤は、ただただ前を見るだけで僅かに開いた口から声は無い。
「攘夷とは確かに本来在るべき国の姿かもしれん、しかし、そちもあの黒い船を見たはず、あの様な巨大な船を造る事が果たして今の日本にできるだろうか?もし、あの様な船を造る事が出来たなら、きっともっと民達は楽に暮らせるのではないか?」
「この国が夷擲に奪われない保障が何処に御座いますか?あの様な船を造る事が出来たなら、今のこの国を奪うのは赤子を殺すのと同じくらい容易いでしょう」
漸く話を飲み込み始めた徳川慶篤の言い分は最もだった。
「赤子を殺してまで得られる物が、今まで培った声明を汚してまで大事にするべきものとは思えない」
「その赤子の価値をご存知無いからです!!天子は夷を否と申された、ならば民は勅旨に従うべきで御座います、上様にあの船から民を守るお力が御座いますか?」
徳川慶篤は大きな声で真っ向から徳川家茂すらも否定した。
「私一人にはそんな力は無い、だが…共に進んでくれる者達がいる、私が進むならその道を拓いてくれる者がいる、私や共に歩む者を信じてくれる民や家族がいる…私は民や家族の為ならば十の刀を携えて、この国の盾となる…閉ざされ外を知らずに生きていくのは刀を向けられるよりも恐ろしく、悲しく…惨めなのだろうな、私の様に…」
徳川家茂はそっと視線を伏せた。
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