文久三年【冬之陸】

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    生まれた時から将軍と成る為に育てられた徳川慶福。 刀こそ向けられた事は今まで無くとも、数多の人闇に曝され続けてきた。 人の作り出す闇とは時として親の愛すら塗り替えてしまう、蚣や蜘蛛の捕食の様に玉座に座らせられ飾り立てられた蝶。 誰かの薄汚い小さな強欲 信じていた信頼の反駁 傀儡の成れ果てた己の矜恃 目の前に転がる小石にすら抱く羨望 好きで座っているんじゃない 大人達が座れと言ったんだ 私は、 私は、皆が笑ってくれるなら 何処にだって居れたんだ 「…ならば……う、上様…外を、御覧になられ…ますか?」 「…外を?…何故その様な事を?」 「上様は、この城内から御出になられた事が多くは無いのでは?」 「私は確かに外を知らぬ…外は自由だ、だがその代償はある、私も代償を払い中に居るのだ隔てているからこそ繋げる物がある…そちの言う“外”に出た時、私は二度と此処へは戻れぬのだろう…私は私だ、私の意志で今は此処に座っている、私は此処を出ない」 徳川家茂は初めて徳川慶篤の目を見つめ、その意志を貫いた。 「何がお分かりになられるのですか、先程ご自分で仰られたではありませぬか…外を知らぬままは惨めだと」 「そいつが自分で出たく無いと言ったんだ貴様は黙っていろ」 礼儀も容赦も無い言葉が徳川慶篤の真後ろから降り注ぐ。 「ひっ!!き、き貴様何者!?何時から其処に!?」 徳川慶篤の真後ろ一畳空けた先には全く感情の読めない顔で最初から田村時実が座っていた。
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