文久三年【冬之陸】

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    「貴様如きが知って善い名では無い」 「な、まさか…貴様も…」 「黙っていろと私は言った筈だ、その耳は邪魔な飾りか?」 「よ、寄るな!!!!だ…誰か!!誰か居らぬのか!!こ、殺される!!」 田村時実が鋭く睨むと徳川慶篤は突然取り乱し大声を上げた。 「徳川慶篤殿、上様の御前で御座います…お控え下さい」 その声は上座より、やや手前の徳川家茂が入ってきた襖に控えていた一橋慶喜の物だった。 「七郎磨!!これは陰謀だ!!先日の帰参浪士の一件が将軍の企てとあらばお前も殺されるぞ!!」 七郎磨、一橋慶喜の初名徳川七郎磨。 徳川斎昭は自らの男の子供に生まれた順に数字を付けて初名とした。 何番目の子が将軍に相応しいか…それを見分けられる程度にしか名付けを考えなかったとも言われる。 「某、一橋慶喜に御座います」 一橋慶喜の静かな眼差しは実兄を拒絶していた。 憎い…水戸徳川が憎い。 自分を売った水戸徳川が憎い。 自分を利用した父や兄が憎い。 自分はこんな狭くて気味の悪い部屋に閉じ込められるなんて嫌だ。 じっと座って餓鬼の顔色伺うしか能の無い大人の面を拝むなんて真っ平だ。 そんな女々しい奴等を従えて此処に座って何が楽しい。 許さない。 父を 兄達を 水戸徳川を 絶対許さない。 徳川家茂に出来ないなら… 自分が徳川将軍家を継ぎ 水戸徳川を叩き潰し 堕としてやる。 「七…郎磨…」 「くどい」
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