文久三年【冬之陸】

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    一橋慶喜は吐き捨てると更に言葉を重ねた。 「貴殿は何か勘違いをしておられる様です、某はとうに水戸との縁は切れている、貴殿の仰る七郎磨などと言う名の者は何処にも居られない…勘違いをなさりますまいな?」 「貴様もか…水戸を裏切る気か?貴様を産んだ水戸を見捨てる気か!?この兄を見捨てる気か!!!」 徳川慶篤は立ち上がり一橋慶喜を睨む。 徳川家茂はほんの少し肩を震わせたが、それ以上動く事無くひたすらに徳川慶篤を見つめていた。 正座し膝に乗せた両手の甲を見ていた中条資春は不意にゆっくりと視界を広げる。 左右に少しずつ視界を広げ、顔を上げると正面に座る中条雪資と目が合い、同じように隣に座っていた朝倉高峯も顔を上げ、正面の川勝成雅の更に後ろを見つめ、川勝成雅も朝倉高峯の後方を見つめている。 「徳川慶篤、あまり私を怒らせない方がいい、私は気の長い方じゃない………何を連れてきた?」 僅かに俯いた田村時実の手が大刀と脇差しの柄を滑り… バスッ!! 軽やかな音を立てて田村時実の真後ろの襖に逆手のまま衝き立てられた パタッ パタッ 音を無くした室内に雫が滴る音が大きく聞こえる 「…ぁ…い…はっ……馬鹿、な」 徳川慶篤が崩れ落ちた瞬間 真っ赤な雫と共に水戸は落ちた。
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