文久三年【冬之陸】

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    「まさか、静原冠者がやられる…奴等は天皇直属の忍者だぞ…」 「こちとら将軍直属のなんでね」 未だ現実を受け入れられない徳川慶篤を朝倉高峯は嘲った。 「…何故だ、何故……そうだ、何故公家の身分で有りながら幕府に汲みする…中条!!!!」 徳川慶篤は、ほぼ錯乱状態でまだ一寸たりとも口を利かない中条資春に叫ぶ。 「貴様等徳川が今更何を戯けた事を吐かす……国を奪い、主人を奪い、民を奪い、名を奪い、こんな薄気味悪い籠城に幽閉して数百年、好き勝手我儘放題自堕落に世を掻き乱して何が国の在り方だ!!人の在り方一つ民の有難み一つ分からん小僧がほざくな!!!!」 田村時実の凄まじい怒声と同時に徳川慶篤の体が軽々三畳近く吹っ飛び四人の十本刀の前に転がる。 完全に怒りの箍が外れた田村時実は大刀を両手で握り切っ先を頭蓋に定めていた。 「田村、まだ何も吐かせておらぬ殺すなよ」 「そこまでの価値も私には分かり兼ねるな朝倉」 朝倉高峯の僅かな嗜めにすら嫌悪を通り越した憎悪に田村時実の切っ先が震える 「あ…が……っは、な…ん……許さんぞ!!この徳川慶篤への不祥、天誅が下ると思え!!中条!!貴様公家でありながら静原冠者に手を出した事必ずや後悔させてくれようぞ!!」 徳川慶篤は畳に這い付くばりえもいわれぬ形相で喚き散らす。 「ならば……貴様が資春に何をしてくれた…この子が此処へ来なければならなくなるまでこの国を乱して…貴様が静原の名を口にするか?何故、静原冠者は天朝にしか従わぬのにこの愚行……天子に何を吹き込んだ!!」 中条雪資が中条資春の前で初めて声を荒げた
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