文久三年【冬之陸】

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    「何を?ふっ…私は何も吹き込んでなどおらぬ!!聞かれた問いに答えたまでだ!!」 田村時実に殴り飛ばされた時に切れた口元の血を拭うと気味の悪い笑みを浮かべる。 「天子はこの日出る国は誰の地かと問われた、私は天子とお答えした…王覇正閏、我が国は皇国であると!!」 「宝暦の変を繰り返す気か?」 川勝成雅の問いに徳川慶篤が不愉快そうに眉間に皺を寄せた。 「あの様な失敗と一緒にするな…第一この反間の寄せ集めで何が信じられる!!中条だけじゃない久我も公卿ではないか!いつこの者達が反旗を翻すが分からんで何が庭番だ、尾張も紀州も皆宗家になった途端籠城して…貴様等こそ幾星霜とこの城を蝕んだに違いない!!」 トスッ!! 軽やかな音で徳川慶篤の眼前一尺に早々目にする事の無い大太刀が立った。 徳川慶篤はあまりの驚愕と恐怖に声を失い呼吸を忘れる。 「あんたが越後を守ってくれるのか?私達力無き者の代わりに…あんたがこの刀で越後の民を守ってくれるのか?…この刀は後鳥羽上皇より賜った越後の武士たる証だ……主人を喪いそれでも徳川に項を下げなかった我等の志を信じて下さった証だ……家茂はな、きちんと分かってる、私達の本当の在るべき姿を分かってる!!それでも、その意志を貫く覚悟を示したからこそ私達は未だに此処にいるんだ……この国はな、この国は…家茂のものでも無ければ徳川のものでも無い!!民だ!!いくら私達が公卿だとは言え、この国の一番大切な物が何一つ分からん様な者に跪く気はない!!」 中条資春は息を荒く柄を握り締め徳川慶篤を睨んだ。
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