文久三年【冬之陸】

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    朝倉高峯の溜め息と共に吐き出された言葉は最期となった。 「この……」 パァァン ズブッ…… 「あ、が……」 空気を割るような音がかなり遠くで谺し、嫌な音が同時に室内で立つ。 「…所詮、貴様はこの程度の者だったのだ徳川慶篤」 ズル… ドサッ 徳川慶篤は何かを言い返そうとしたが突然、十本刀達の足元から下座へ逃げ懐に手を忍ばせたのだ。 そして、上座を振り返った瞬間発砲音が響き、徳川慶篤の喉から切っ先が突き出てきた。 虫の息となり、残り火を一気に焼き尽くす様に徳川慶篤の手が畳を掻き毟る。 口からは血泡を吹き変な音が聞こえ、目だけがギョロリと徳川家茂と一橋慶喜と中条資春を順に捉えた。 「…も、う…何もかも…遅い」 「天誅」 ブツリ ゴロッ 大太刀四尺五寸菊一文字八千流 徳川慶篤を誅する。 中条資春と中条雪資が納刀すると、田村時実も血切りをして納刀した。 それは文久三年師走が終わる二日前の出来事だった。
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