文久三年【冬之陸】

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    「時実~!!怪我は無いかい!?」 「源一郎!!貴様も今すぐ此処へ来い!!三枚におろして鴨川に流す!!」 「何で私もなんだい!?」 死体が転がる部屋でする会話とは到底思えない内容に川勝成雅と朝倉高峯、中条雪資、中条資春は大きく溜め息を吐かざるを得なかった。 今まで会談が行われていたのは江戸城本丸、田村時実が打ち破った窓から見えるのは二の丸、久我源一郎が言った特別席とは二の丸だったのだ。 会談が始められるよりも一刻前に久我源一郎と鈴木永嗣は二の丸最上階の出窓を陣取った。 遠望を使い、僅か五寸の硝子格子から見える徳川家茂の向かいに座る徳川慶篤に照準を定め一発で心の臓を打ち抜き…その弾丸は真後ろにいた田村時実の左耳を寸でで躱し更に後ろの襖に跡を残した。 徳川慶篤の謁見には異例の特認が敷かれ、御殿での謁見ではなく帝鑑間へ将軍が出向く形で行われた。 大廊下、大広間、溜間、帝鑑間、柳間、雁間、菊間 伺侯席の中でも徳川を名に持つ者がまず足を踏み入れる事の無い部屋で将軍が出向くなど前代未聞であった。 だが、この事実はこの先徳川慶篤の死の真相と共に公になる事は無い。 静原冠者の遺体は其の日の深夜、京の静原郷へ向かい、徳川慶篤の遺体は棺に入れられ日の高い内に江戸を発った。
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