文久三年【春之壱】

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    沖田総司の刀は鞘に納まったままだった。 ドサッ… 透は倒れて動かない。 私は緊張の糸が切れて腰が抜けた。 峰打ちだ。 「ありがとう…」 私が覚えていたのは其処まで。 気付いたら 「牢屋ね、牢屋…」 殺されなかっただけマシとしよう。 透がいない事から他の牢屋に居ると思われた。 ガチャン ガラガラ… 何人かが歩いてくる。 「目が覚めたか」 目の前には沖田総司、永倉新八とかなり体格のいい真っ黒な印象しか与えない男と幾分穏やかな大柄な男だった。 「何者だ」 「越後より参りました、本庄 祿と申します」 正座で頭を下げる。 「何しに来た」 「分かりません、正直に言えば何者かに此処まで連れてこられました」 「誰だ」 「存じません、見ていないのです」 「あの刀は」 「…私の物です」 「何であんなもの持ってた」 「弟子と稽古に向かう途中でした」 「流派は」 「……」 「言え」 男の短い幾つかの質問で最も聞かれたくない質問だった。 「………」 「…あの餓鬼死ぬぞ」 「御波延明流です」 「みなみえんめい?聞いた事無いな…で、お前が師範?」 「はい」 知らないと聞いて安堵した。 まだ、知られては困る。
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